「矢切の渡し」は松戸の誇り。

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「矢切の渡し」は松戸の誇り。

学生時代はずっとサッカーボールを追いかけ、少しだけJリーグのチーム(埼玉の赤いチーム)で活動。 23歳で畳店を継ぐために、オヤジに弟子入り。 そこからは畳屋一筋です。 
私の生まれ育った千葉県松戸市。 東京都から江戸川を渡ったところにあります。 

松戸といえば「矢切の渡し」!! 
千葉県と東京都をつなぐ渡し船「矢切の渡し」はオヤジが生まれ育った生家が営んでいます。オヤジも私も手伝っていました。 細川たかしの「矢切の渡し」をご存知の方もいるでしょうか。一躍有名になりました。 

船頭としての師匠は、戦争にも行き、大正生まれでとても頑固な叔父さん(オヤジのお兄さん)でした。 松戸市市民栄誉賞や勲章をもらったり…頑固で怖かったけれど立派な叔父さんでした。 

船頭としての思い出は…竿を水面に突いたら竿が抜けず、船が先に行ってしまい、川に落ちてしまったり。笑 
櫓で漕いでも水を上手く漕げずに、同じところをグルグルと回ってしまったり。難しいんですよね。 

その頑固な叔父さんに「竿三年、櫓三ヶ月」と言われ続けましたね。 
真っ直ぐに船を進ませることの難しさを表している言葉なんです。 

今でも手漕ぎの渡し船「矢切の渡し」が江戸川に浮かぶ、のどかな矢切は私の誇りです。

(有限会社杉浦ホームサービス  杉浦一郎)