Vol.009・小綿久徳さん(3.11絵本プロジェクトいわて/盛岡市役所 副消防防災監)

「もうそろそろいいのでは」の言葉の奥。
2011年の東日本大震災の直後に立ち上がった、被災地の子どもたちへ絵本を届けるプロジェクト「3.11 絵本プロジェクトいわて」でボランティアスタッフとして被災地に絵本を届けてきた小綿さん。盛岡市役所の職員として、絵本プロジェクトのスタッフとして、被災地を見守ってこられた小綿さんと当プロジェクト事務局長・前田が「被災地で活動すること」を考えました。
どうしても進められなかった、
東北での防災協定。
前田:小綿さんに初めてお会いしたのは「3.11絵本プロジェクトいわて」として神戸でのイベントにいらっしゃったときですね。確か2021年11月頃でした。
小綿:そうです。兵庫図書館の館長さんに紹介してもらって。あの時、前田さんは5000枚のプロジェクトの展示をしてらっしゃって、そこでプロジェクトの話も色々と聞かせていただきました。
前田:それから数日後に小綿さんからメールをいただいたんですよね。「これだけ全国の市町村と防災協定を締結されているのに、東北地方ではひとつも無いのには意味があるのでしょうか」と。
小綿:そうでした。前田さんからプロジェクトのお話を伺ってから、インターネットで色々と見させていただいたら、すごいプロジェクトだなと。でも、これだけ全国の自治体ときちんと協定を結んでいるのになぜ我々東北の自治体だけ進んでないんだろう、という素朴な疑問でした。なにか理由があるのではと思い、早速前田さんにメールしたんです。
前田:そこからは電話だったか随分とやりとりさせてもらいましたよね。ああやって小綿さんに聞かれて、自分自身の迷いというかもやもやしていたものがよみがえって。正直にお伝えしました。
震災後、10年が過ぎたけれども、あれだけ大きな災害でまだまだ復興途中。それどころではないのではないか。東北のメンバーにも負担になるのではないか。だから自分のなかではまだまだ早いんじゃないかと思っています、と。
その時、小綿さんは私の話をじーっと聞いてくださって、すこし間を置いたあとにおっしゃったんです。「もうそろそろいいのでは」と。
小綿:はい、そう言いましたね。
前田:その言葉にポンと背中を押されたように感じたんです。自分はずっと足踏みしたままでモヤモヤしていたので。
小綿:そうでしたか。そのお話を伺ったときは、もうみなさん仮設住宅から出られて行政が行うようなハード面はほぼ復興が終わっていたころ、というのもあったと思います。
仮設住宅がなくなったのはやっぱり一つの区切りだとは思っていました。
前田:もちろんそれもあったんだとは思います。でも小綿さんのあの言葉には、単にハード面が復興してきたからという客観事実だけではなく、もっと被災者の方々の気持ちの移り変わりも感じられていたのではないかなと受け取ったんです。そういうことも含めての言葉だったのではないかと。
小綿:私自身、震災後翌年から被災地の支援活動をしてきたんですね。肉親を亡くしても活動に取り組んでらっしゃる方も知っていますし、月日に関わらずそれぞれのタイミングで前を向こうとしていらっしゃる方をたくさん見てきました。
例えば学校で読み聞かせをしている団体の代表の方。中学生のお孫さんを震災で亡くされたのですが、再開の要望を受けて制服姿を見るのが辛い中、震災から一年も経たないうちに活動を再開された。ほかにも、15歳の息子さんを亡くされた方で高い土地にハナミズキを植える活動をされてらっしゃる方もいらっしゃいます。
前田:震災から何年経った、ということではないと。
小綿:まさに。気仙地区で気仙茶を飲みながら話をするお茶会をずっと開催していましたが、三年間復興住宅にひきこもっていたおばあちゃんが初めて参加してくれたことがあって。どうかなあと思っていましたが、たくさん話をしてくれたんですね。心の中ではひきずっていくのかもしれないですが、そうやってみなさんいつしか前に向いていこうとしている、というのは感じることが多かったかもしれません。だからこのプロジェクトをもっと早く知っていたらもっと早く「そろそろいいのでは」って声をかけていたんじゃないかなと思います。
一方通行かどうかは大きな違い。
前田:なるほど…。でも小綿さんに出会っていなかったら正直まだ悩んでいたと思います。このプロジェクト自体、始動させたのは阪神淡路大震災から20年近く経ってからなんです。自分自身は被災地にいて住まいは壊れてしまったけど、私もそのまわりも命は助かった。被災地にいたけど被災者じゃない、という葛藤がありました。だから被災地にいらっしゃって、またその地で活動を続けられてきた小綿さんの言葉が響いたのかもしれません。
小綿:なるほど、そういうことだったんですね。
前田:被災地での活動は、かえって迷惑になったり、被災地の人を傷つけてしまうことになったりしないかな、とかやっぱり気にしてしまいます。実際にそんな声も聞いたりしたこともあるので。東日本大震災後の東北ではどうだったのでしょう。
小綿:確かに最初の頃は補助金をもらうためにやってるんじゃないかとか、炊き出しをふるまって写真を撮り終わったら終了するような団体もありましたね。
前田:阪神淡路大震災の時もボランティアの方々がたくさん来てくださいましたが、「自分たちだけが盛り上がって来てるだけじゃないか」とか「自分たちのことをネタにして本人は楽しんでる」みたいな声もありました。報道の仕方なんかも色々ありましたよね。そういうことを思い出すと、被災地で活動して我々が叩かれるのならいいけれども、それを見た被災者の方々が傷つくっていうのはやってはいけないし。
小綿:やっぱり阪神淡路大震災はボランティア元年と言われるくらいでしたから、ボランティアの受け入れや理解も今とは違っていたというのもあるかもしれないですけどね。
前田:なるほど。確かにそれもあるかもしれないですね。ただ、そういう思いもあって、東北での活動も、「自分たちがやりたいからやる」というわけにはいかないなと。
小綿:「叩かれる」というのはやっぱり一方通行的な活動に対してだと思うんですよね。5000枚のプロジェクトもそうだと思うのですが、我々がやってきた被災地支援事業や絵本プロジェクトも受け入れ側とやりとりを重ねてやってきました。勝手に行きたいところに行ってるわけじゃない。そこが大きく違うのではないかと思います。
前田:そのように理解していただけてうれしいです。そこは我々も本当に大事にしてきた部分なんです。
小綿:そういった点でも5000枚のプロジェクトは本当に素晴らしい取り組みだと思っています。もちろん前田さんがおっしゃられるように被災地の方々の状況や感情を丁寧に考える姿勢も大事だとは思うのですが、万が一のときには安心を届けられる取り組みはどんな地域にとっても大事。少しでも広くの方に知っていただきたい。私はそう思っています。
「3.11 絵本プロジェクトいわて」について
八幡平市在住の絵本編集者、末盛千枝子さんら有志が集まり、被災地に絵本を届けようと東日本大震災の直後、2011年3月24日にスタート。2カ月ほどで全国から約23万冊が集まり、青森、岩手、宮城、福島の被災地に計約12万5千冊を届けた。 汚れや落書きなどがあった残りの本は盛岡市内の小学校や保育園で活用されている。当初から「10年」を目標にしてきた活動は2021年3月に終了。
前田の後記
小綿さんのあの言葉がきっかけで東北のメンバーとも話し合いました。10年という年数の区切りで動き出すことではないけれど、たしかにもうそろそろという気持ちではいましたと。前に進むためにこの機会に活動をしていこうとなりました。
小綿さんに盛岡市役所と繋いで頂き、青森県、岩手県、宮城県、山形県の東北メンバーで盛岡市役所危機管理防災課を訪問。災害時の活動について話し合いさせて頂きました。
2023年1月18日防災協定締結。
(対談:2023年8月)
あとがき
『時が経つにつれて見えるもの』
もうそろそろ、いいのでは。
じっくりと間を置いての言葉でした。もちろんそれぞれ、まだまだ大変だと想像しますが、そんななかでも“みんな前を向いて進んでいる”という力強さみたいなものをその瞬間に感じたように思います。絵本プロジェクトを通して被災地をまわり続けながら様々な感情と復興のチカラに接してこられたからこその説得力も強く感じました。
今回は復興の現在地ということで私達が活動を始めてから災害を経験した地域のメンバーのお話も紹介させていただいています。
その時は無我夢中でしたが時が経つにつれてやっと見えるものがあったり、新しいことの始まりを感じたり、忘れてしまいそうなことを改めたり。
ふと立ち止まって時の歩みも相互方向を大切に感じながら進んでいければと思います。
(事務局長・発起人 前田敏康)


