Vol.011・前田敏康(「5 日で5000 枚の約束。」代表・前田畳製作所)x 有田佳浩(「5 日で5000 枚の約束。」立ち上げメンバー・コペルニクスデザイン)

対談・インタビュー

これまでも、これからも。畳一枚でも避難所に。
― プロジェクト10年の歩みを振り返ってー

東日本大震災で何ヶ月も冷たい床の上での避難生活をされている映像を見て「畳店として、なんとかしたい」と強く思った前田(当プロジェクト代表)。当時、親交のあった有田(コペルニクスデザイン)に相談したのがきっかけでともに活動を始めた2人が、全国の畳店と走り続けてきた10年を振り返ります。


前田:なんとかしたいという想いはあったものの、実際にはどうしたらいいのかわからずで。各地の自治体を訪問して自分たちがで
きることを模索しましたよね

有田:とにかく現場で何が必要なのかを聞いて回ろう、って。

前田:その中で訪れた宮城県南三陸町で、避難所生活を経験された女性と話す機会がありました。「ブルーシートの上では子どもを寝かせられず、ずっと抱っこをしていました」と。そして彼女が言ったんですよね、「あの時、畳一枚でもあれば子どもに添い寝をしながらオッパイをあげられたかもしれない」って。それを聞いて、それまで自分の中で抱えていた「かえって迷惑にならないだろうか」とか「自分一人でできるんだろうか」という迷いが一気に吹っ切れました。畳店みんなの力を合わせて、一枚でも届けるんだ、と。

有田:ほんとにあの言葉はこの活動の“道標“になりました。そしていよいよ2014年に神戸市と初めて防災協定を締結。そこからは滋賀や和歌山など近畿圏を中心に広がっていきましたよね。自治体によっては「古い畳が送られてくるんでしょ」って言われたりも。でもそれは前田さんが「絶対にしない」と。

前田:畳店として、やっぱりイグサのいい香りがする新しい畳を使ってもらいたいというのが一番。あと、要らないものを送る活動には絶対したくなかったというのもあります。

有田:それがこのプロジェクトの「約束」だと。

前田:そうですね。「約束」という言葉は大事だったなと思っています。手を挙げてくれた畳店が枚数を「約束」する。そこには「なんとなく参加」ではなく、みなさんの意思や強い想いがあるんです。

有田:畳店に声をかけるとき、各地に足を運んで一回一回想いを伝えてましたもんね。最初は仕組みがまだできていない状況だったから、何をするの?という声もあったけど。

前田:そう。でも想いは強かったからそこにみんな共感してくれたんですよね。やっぱり畳でなにか役に立ちたいという想いがあるのだと思います。だから「みんなでやったらできるんじゃないか」って一人がまた仲間を呼んできてくれて、そこから徐々に広がっていきました。想いをもった畳店さんがこんなにいるんだなと。

有田:正式に活動を立ち上げて翌年、2015年に口永良部島で噴火があり、屋久島の避難所に畳を届けました。

前田:屋久島にメンバーはいなかったし、現地と電話もつながらなかったから、どうするべきか、あの時は正直悩みました。でも「行って駄目だったら帰ってこよう」と、近畿のメンバーに畳を作ってもらってトラックに積んで。現地に向かいながらネットで見つけた現地の畳店さんに連絡したら「待っておきます」といってくださったんです。それでフェリーの港に向かいました。到着したら受け入れ先もすでに探してくれていて。それで積んできた畳をお届けすることができました。その時に実感したんですよね、「ああ、現地の畳店さんと連携をとりながら活動しなきゃいけないんだな」って。

有田:あれは大きかった。実際やってみたからこそ見えてきた課題でした。さらにその翌年、熊本地震が発生。このときは6026枚の畳を避難所40ヶ所へ届けました。これまでにない枚数です。

前田:まずは運送の問題で壁にぶち当たりましたよね。震災直後、現地に入って、最初は熊本に近い場所からトラックで畳を届けてもらってたからなんとかなっていたけど、どんどん必要な枚数が増えていって、関東のメンバーにも畳を作ってもらうことに。さあ運んでもらおうと思ったら、災害時は予想以上に運送費も高くて、理事たちでお金を出し合ってもお金が足りなくなってしまって。そうしたら、全国のメンバーが「なんとか運ぶよ」って言ってくれて、関東からも、各地からも、トラックで中継に中継を重ねながら熊本まで運んできてくれた。熊本で待ち合わせ場所に行ってみたらトラックがずらっと並んでて、ひげ生やしたままのみんなが「前田さん来たよ」っていってくれた時のことは、今でも思い出すと胸が熱くなります。ああ、これで避難所に畳をお届けできる…っていう安心感と、畳店として被災地との約束を守るんだ、っていうみんなの意思の強さと優しさに…。

有田:2人して泣きました…。

前田:ほんとに。そうやってようやく畳を現地まで運べたわけですが、避難所を回ると、全国から送られてきた支援物資で幼稚園がいっぱいになって人がそこに避難できないというような状況も目の当たりにして。我々の想いで突っ走って避難所の迷惑になることだけは避けたいとメンバーみんなで話し合いました。自分たちで現地に届けるのはもちろん、現地の仲間がちゃんとそれをさばけるようなプロジェクトであろうって。で、80ヶ所ほどの避難所を地元畳店が回って、自治体と打ち合わせて必要とされた約40ヶ所に、畳をお届けしました。その際に、地元の畳店さんやイグサ農家さんも「ここの場所を使って」とか手伝ってくれて。熊本での出来事で、「ああ、そうか、“送る側“と”送られる側“なんじゃなくて一緒にやっていくんだ」と痛感したんですよね。

有田:はい。だからそれを機に「災害時に、全国の畳店から避難所に新しい畳を無料で届けるプロジェクト」だけだったのを、「+ 被災地の畳店が、全国の仲間から避難所に敷く畳を受け取るプロジェクト」と定義を追加することにしました。つまり主語は2つなんだと。

前田:ここでメンバー全員でプロジェクトの方向性を確認できましたよね。だから以降の被災地でも、地元畳店が“受け取る側“として、自分たちも大変な中、現地を走り回ってくれる。言語化しただけじゃなくて、形としてちゃんとつながっていっています。そしてそれはこのプロジェクトが全国に点在している畳店のプロジェクトだからこそできていることだと思います。だから今もこうやって継続できてるんじゃないかな。

有田:ほんとにこの活動を始めた頃には想像もしなかったことに何度もぶちあたりました。その度に立ち止まって考えて。

前田:うん、めちゃくちゃ考えました。誹謗中傷を受けたこともあったし。

有田:でもそういうときにいつも大事にしてきたのは「被災者目線であるということ」。

前田:はい。それは絶対大事にしたかった。誹謗中傷を受けたときも、正々堂々と話し合いをしてもよかったわけですが、そういう姿を被災者が見たらどういう気持ちになるだろうと考えようと。だからあえて何もしないことを選択しました。

有田:送る畳の裏に被災地の方に向けてメッセージを書くかどうかもプロジェクト内でずいぶん議論に。

前田:悪いことではないし、みんなの想いもわかるからずいぶん悩みましたが、被災地の100人中99人がありがとうって言ってくれても、1人でも「自分らがええことしてるって勝手に盛り上がって」っていう気持ちになる人がいるなら絶対にやるべきじゃないんじゃないかって。あの時に有田さんが「この無地の畳こそに自分たちのメッセージがある」ってみんなに言ってくれたんですよね。

有田:畳店のプロジェクトとして畳を届ける。それだけで十分想いは伝わるはずだから。熊本地震の時、地元の小さなご飯屋さんがきっとご自身も大変な中、お店を開けていたことがずっと記憶に残っています。「こんな時に商売して」って言う人もいたかもしれないけど、自分のできることをしようって思ったんじゃないかなと。ご飯屋さんはご飯を作る。畳店は畳を作る。「商売」かもしれないけど、社会のためにそれぞれ役割を果たすからこそ地域が復興する。このプロジェクトもそんな存在でありたいと。

前田:これは活動の副産物ですが、避難所で畳を使っていただくことで、改めて畳の役割を考えることにもなりました。避難所の方に入り口に畳を敷くだけでみんな自然と靴を脱ぐんです、とか畳だと自分の家みたいに掃除をされて衛生的になりましたとかって言っていただいたことも。あとは音。体育館に畳を敷いたら話し声が吸収されるっていうのは我々も全く想像してなかったことでした。スリッパを履かなくなったことでペタペタという足音がなくなったことはとても助かったと。睡眠時間の足音は気になりますもんね。

有田:避難所に一部でも畳があるのはありがたい、っていう声もいただきました。

前田:「家に帰ってきたみたいで、足をのばせる」とか、「畳の上でみんなで朝ドラ見てます」とか言っていただいて。

有田:絶対体育館全部に畳を敷かないといけないわけではなくて、一枚でもあれば、と思ってもらえたら嬉しいですよね。

前田:そのためには、日常から地域のみなさまに災害時に畳が届くこんな仕組みがあるというのをわかっていただくのも大事だと、防災訓練にも参加するようになりました。その時になぜ避難所に畳を届けるのか、というのも伝えてます。あたたかい、香りがいい、湿度調整もできるし、防音にもなる。そしてメンバーも防災訓練で「こうやって畳が届くんですよ」って毎年地域の方に言うわけですから、自分たちの決意みたいなものにも繋がっていると思います。

前田:10年以上活動を続けてきて、メンバーの想いも熟成されてきた感じがします。こういう活動って最初はやろうやろうと盛り上がってもだんだんしぼんでいくこともあると思うのですが。

有田:このプロジェクトはそうはなってない。

前田:みんなで活動して、共有してきて、経験して、困ったこともみんなで考えてやってきたから。名を連ねるだけじゃなくて、こういう時はこうしたらいいんじゃないかなって一人ひとりが考えてきました。

有田:それは協賛企業さんもですよね。

前田:本当に。畳業界に関わるみなさんがこれだけたくさん協賛してくださっているだけでもすごいことなんですが、お金だけじゃないから。

有田:災害時の集積所として駐車場を貸してくれたり、自社トラックの便に畳を乗せてくれたり、平常時には展示会のスペースを無料で使っていいよって言ってもらったこともありましたよね。

前田:そうやって畳業界全体でこの活動をサポートしてきていただいた感じがあります。本当にありがたい。

有田:だからこそ、全国の畳店とともに10年以上続けてこられました。

前田:その中でも活動の軸がブレなかったのは、あの南三陸町の方の言葉を大事にしてきたからだと思うんです。だからこれからもその原点だけは大事にしないといけないなって。

有田:「我々がどうしたい」じゃなくて、現地の人の声をしっかりと聞いて、感情を感じとって、どう思うんだろうとかを考える。それを前田さんはじめ、みんながずっと続けてきた。

前田:これからもそれをやり続けるだけじゃないかなと。想像できないような課題は今後もきっとたくさん出てくる。でもそこを大事にしていたら、これからも続いていけるんじゃないかなって思います。

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